議場の天井がきれいだった

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「議場の天井がきれいだった」

出典元*PhotoAC

 

れいわ新撰組の木村英子氏が本会議後に国会内での会見の発言です。

れいわ新撰組に対しては、いろいろ賛否両論ですが、この「天井がきれいだった」と言う言葉が、健常者にはなんのとこ?と言う感じですが、心に響きました。

 

 

私は子供のころ骨腫瘍で長い間寝たきりでした。一番安静時には、ベッドで座ることも出来ず、便も尿も垂れ流し状態でした。実際はお尻に下に便器を差し込んでもらって便をする、尿は尿瓶でする感じですが、うまく行かずに失敗することも多かった状態でした。

当然寝返りもNGで、ずっと天井を見ている状態でした。
入院生活が長くなると、6人部屋の中で、チョットづつ出世します。
入院すると先ずは入り口付近のベッド、そして誰か退院たびに、真ん中、窓際へと出生してゆき、窓の外が眺められるのです。
そして、柱の位置など造りによっては、窓際のほうがベッド脇のスペースがちょっと広かったりするのです。

 

ドラマだと、窓際だと窓の外から木が見えて、春には青葉、夏を過ぎて秋には木の葉が色づいて、最後に散ってゆくのが見えますが、寝たきりでベッドで座れない私は、窓際に移っても窓の外が眺められず、曇ったグレーの空と、チョット薄汚れた天井の景色が私の全世界でした。
そもそも、5階(だったかな?)なので木の枝すら見えませんが。

 

 

 

素晴らしい発言は、その後、時間/時代を経て格言へと変わるのでしょう。
しかし、この言葉は格言に変わることもないでしょうし、誰かの耳に留まることも少ないでしょう。
身体の不自由な候補者を寄せ集めた党首は、少し頭が弱いので、この言葉の本当の意味を理解できていない。

 

健常者と同じ生活が出来るようになった私も、残念ながら、木村英子氏の「天井がきれいだった」の言葉で、そのときの自分を思い出したにすぎない。

 

 

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